新党大地について
2005年、元自民党議員で北海道開発庁長官などを歴任した鈴木宗男が結成。政党名の「新党大地」は、歌手の松山千春が命名した。
データ
代表 | 鈴木宗男 | |
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代表代行 | 浅野貴博 | |
副代表 | HANAジュンコ | |
成立年月日 | 2005年8月18日 | |
議席数 | 衆議院 (480) | 1 |
参議院(242) | 0 | |
合計(722) | 1 | |
おもな政策・思想 |
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略歴
2004年、鈴木宗男は参院選で48万票を獲得しながらも落選した。40万票以上あれば、比例名簿1位になり、議席を獲得できるという思惑が、新党を立ち上げのきっかけとされる。
2005年、鈴木は「新党大地」を結成。同年の総選挙では、郵政民営化に反対する有権者の票も流れ込み、結果として43万票を獲得。念願の比例1議席を得る。
新党乱立の中、新党大地の存在感は頭ひとつ出ている。それは、政策通として知られる鈴木による、大量の「質問主意書」攻撃が、大きな武器となっているからだ。政府側が追及されたくない問題について、執拗に質問主意書を提出。政府回答を引き出していった。
2010年2月には、内閣官房機密費について追求。当時、麻生内閣の河村官房長官が、2009年8月の衆院選2日後の9月1日に2億5千万円の内閣官房機密費の支出を受けたことについて、「それまでの支出の態様とたは異なるものと言わざるを得ない」とする政府の答弁書を引き出した。
この答弁で、衆院選敗北後、政権交代が決定しながらも、官房長官が巨額の官房機密費を支出していた不可解さがクローズアップされ、マスコミの追及が本格化するきっかけとなった。
そして、鈴木がもっとも厳しく追求しているテーマが検察捜査である。鈴木は、2002年に「あっせん収賄容疑」で東京地検特捜部に逮捕された経緯がある。「検察審査会を可視化しなければならない」と強調。一定の検査審査会のあり方に問題提起を行なった。
民主党が政権交代を実現させたあとの2009年9月。ミニ政党で1人しか所属議員のいない新党大地が、衆院外務委員長という重要なポストを占める。この背景には、北海道で自民党の足場を切り崩したい民主党の思惑があった。
自民党の大島理森国会対策委員長は、鈴木の内定について、「刑事事件の被告人が委員長になった例はない」と横路衆院議長に抗議するも、問題視しないスタンスが大半を占めた
小さな政党が政界で存在感を発揮させるには、議席数を拡大するのが一番確実。しかし、資金力の問題や、二大政党制に近づくにつれて、ミニ政党への投票が少なくなる傾向があるため、党勢拡大は容易ではない。
2009年8月の総選挙では、郵政民営化に反対して造反組みとなった元郵政大臣の八代英太が新党大地から出馬したが、落選。今後も民主党との選挙協力を推進すると思われるが、質問主意書による自民党攻撃・追及が存在感誇示の柱となる。